支援者の気持ちの整理について
危機介入に当たった援助者が陥りやすいストレス症候群をCIS(Critical Incident Stress) と呼びます。災害時の対応では、支援者は極度の緊張状態に置かれたり、自分自身の不安を抑圧して被災者を支援し続けたりすることも多くあります。また、支援者自身が被災している場合もあります。このような時は、体験が主観的になりがちですので、自分に何が生じているのか混乱します。その結果、さまざまな反応が、身体、思考、行動、感情に現れやすくなるのです。以下に、CISの症状や、応急処置の方法をあげておきますので参考にしてください。また、一つの支援任務が終了し、別の任務に就く前には、自分ができたこと、これからやることなどの気持ちの整理をしておくことを勧めます。なお、症状が強い場合は、個別に専門機関で相談してください。
1,CISが起こりやすい状況
以下の状況では、通常のストレス以上に過大な心理的負荷がかかります。
こういう場面に遭遇したら、CISの症状がでていなくても予防を行ってください。
A 個人の職務に関係する出来事
B 複合的、長期的な自然災害、大規模な事故の場合
2.CISと応急処置(危機介入時のストレス反応)
身体、感情、思考、行動などの一部を過度に使いすぎて疲労している反応として以下のようなことが現れます。このような反応が出てきたら応急処置をしてみてください。
応急処置をしても反応が続く場合や激しい場合は、専門家に相談してください。
3.CISが生じる背景
CISは、自分に求められている職務内容に対して、自分の力量が見合わなくなったときに生じやすくなります。支援場面で「やろうとしていたこと」と「したこと」にズレが生じたときに様々なストレス反応が生じるためです。したがって、もともとストレスに弱い人やストレスマネージメントを日常的に行っていない人、及び、責任感が極めて強い人にCIS反応は生じやすいようです。
1)ストレスに弱い場合
ストレス耐性が低い人は、災害や事故、事件等の支援中に遭遇する悲惨な場面からのショックを受けやすいため、症状が出やすくなります。被災している人を見て苦しくなったり、何かしてあげなくてはいけないと焦ったり、不満をぶつけられたときに必要以上に、落ち込んだりしがちです。
一方、ストレスに強い人は、困難場面も前向きにとらえる力や対処方法を持っているので、同じ場面に遭遇してもショックを自分で和らげることができます。
2)日常的にストレスマネージメントを行っていない場合
ストレスは、以下の方法で和らげることができます。日常的にこのような方法を実施していない場合、未解消のストレスが溜まっている状態になるため、心に余裕がありません。また、溜まったストレスを抑圧し続けると身体反応が出やすくなったり、思考の混乱が生じやすくなったり、感情が動きにくくなったり、逆に衝動的な行動をとりやすくなったりもします。
一方、日常的にストレスマネージメントが出来ている人の場合は、受け皿に余裕があるため、一つ一つの出来事に冷静に対応してゆくことができます。
ストレスの対応方法
(1)ストレスの量を減らす(ストレスとなる刺激の排除、身体的な緊張の緩和など)
(2)ストレスの質を変える (気分転換で 楽しいことをするなど)
(3)ストレスの元になっている問題を解決する (自分で解決、助けを求めるなど)
(詳細は、資料「日常のストレスとそのケア」(PDF)を参照してください。)
3)責任感が強すぎる場合
責任感が強すぎる人の場合は、自分の行動が適切であったのかについて他者の評価が気になります。彼らは、上司から過度な期待をされても精神的、身体的な限界を超えてその期待に応えようとしがちです。支援がうまくいっているときは、身体に無理な負担をかけても何とかやってゆけますが、自分では良かれと思って行った支援に対して、被災者や被害者の家族などから批判や非難をされたり、自分ひとりががんばりすぎて部下がついて来られなくなって孤立したり、期待された職務が遂行できなくなってゆくとCISの症状が出やすくなります。
4.CISへの対応
CISへの対応は2段階になります。1段階目は、応急処置です。これは、日常のストレスマネージメントと同様です。2段階目は、自己の問題の整理(棚卸し作業)です。
1段階目:応急処置
2段階目:自己の問題の整理
応急処置を行っても、症状が続く場合や症状が激しい場合は、専門家に相談して自分に生じていることについて、整理する手伝いをしてもらってください。CISがひどい場合は、支援の場面で受けたショックが自分の感情や価値観、問題解決方法や対人関係などに複雑に絡まっている可能性があるためです。早期に対応すれば回復も早く、次に同じような場面に遭遇しても対応する方法や自信を取り戻すことができますので、一人で何とかしようと抱え込まず、早めに専門家に相談することを勧めます。
5.CISの予防
日本赤十字社の「災害時のこころのケア」マニュアルの中では、CISの予防としてディフュージングとディブリーフィングが紹介されています。いずれも、「棚卸し」の作業にあたります。
事件や事故などのときには、混乱してさまざまな情報が出回るため、それらの情報を整理して、今必要なこと、これから必要になりそうなこと、不要なことなどに分けてゆく「棚卸し」の作業をするとCISの予防に役立つという報告があるためです。
1)ディフュージング(1日の任務の終了時に行います)
1日の任務が終了した時に、今日何ができたのか、困難だったこと、翌日の課題などを同僚と話し合い、お互いの情報を報告しあって整理するものです。
2)ディブリーフィング(一つの任務が完了した時に行います)
海外では、事件や事故などの危機介入を行う援助者(警察、消防隊、医療や心理的な支援者等)に行われてきました。事件・事故・災害などの体験は「主観的」になりやすいため、さまざまな情報や感情が混乱しコントロール感を失いがちです。救急援助に当たるスタッフ(消防士・警官・医療・心理職等)に対して、事件・事故が生じた24〜72時間以内に行うと後にCIS(危機介入時のストレス症候群)が出にくいという調査報告があります。
日本でも、日本赤十字社の「災害時のこころのケア」マニュアルの中で「任務終了時のディブリーフィング」として以下のように紹介されています。
「任務を完了して帰還した際にメンバーが集まって活動中に体験した出来事や感じたことを話し合うことをいいます。司会はリーダーがしますが、ストレス症状が強く、問題がありそうなメンバーについては専門家の力を借りるように勧めます。ディブリーフィングへの参加は自由ですが、以下の3つの条件を守らなければなりません。
1.秘密の保持:
記録をとること、外部の人に内容を話すことは禁止です。
2.体験の共有:
参加者は自分の感情や怒りを素直に話すことができ、他の人はそれを批判してはいけません。任務の成否や責任を追及するのではなく、それぞれの反応や感情を共有し、ストレスの原因を考えます。
3.教育:
ストレスによる反応は正常な反応であることを再認識させ、ストレスに正しく対処する方法を考えます。最後に、将来について考えさせます。
参考文献:日本赤十字社 災害時のこころのケア p.35より
3)セルフディブリーフィング
☆これは、支援を行った方のための資料です。
自分が関わった任務についての整理をする「棚おろし」の作業は、新しい気持ちで次の任務につくために大切です。前の任務での積み残しがあると未解消のストレスとして蓄積されてしまい、CISを起こしやすくなるためです。
グループでのディブリーフィングができないときは、自分自身の気持ちの整理のためにセルフディブリーフィングをすることができます。静かになれる場所で、以下の点について整理してください。考えている間に他のことが思い浮かんでも、一つのことに集中してください。なお、考えが混乱する時は、この作業は行わず必ず専門家に相談してください。
ステップ1:
自分に何が起こったのかを理解しましょう
ステップ2:
その出来事が自分の身体や考え、気持ちにどのような影響を与えているかを整理しましょう。(「日常のストレスとそのケア」(PDF)やCISの表を参照して下さい)
ステップ3:
具体的なストレスマネージメントを考えましょう。
上記の反応に対するケアをしましょう。自分を大切にすると、他者への支援もゆとりを持って続けることができます。
(「日常のストレスとそのケア」(PDF)やCISの表を参照して下さい)
ステップ4:
次に同じような場面に出会ったら、どう対応するかを具体的に考えましょう。
以上です。終了したら、自分に「おつかれさま」を言って、ステップ3で考えたストレスマネジメントをひとつやってみてください。
参考文献:松井豊(2005)惨事ストレスへのケア ブレーン出版